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●速くてはいけない理由※反射式プリントが作り出す人為的学習障害(ALD)
 速くていいのは「10の補数」と「九九」だけです。他の計算まで速くしてはいけません。速くて悪いことはないと思っている方が大勢いらっしゃいますが、速くてはいけないこともあるのです。特に幼児期の学習でスピードを付けることほど危険なことはありません。なぜなら、考える力を養成すべき時期には速さが一番の大敵となるからです。「作業と思考は反比例する」ということをご存知でしょうか。例えば、単純作業を速くしようとする場合を考えてみて下さい。単純作業を速くするには何も考えないで作業に没頭する必要があります。また、速い作業をしている時に何かを考えようとしても考えられません。つまり、速い作業は考えることを妨害する作用があるということです。大人でもそうですが、計算を速くしている時には、頭の中では思考が止まっています。高速計算は作業であって思考ではないからです。速い作業(高速計算)をしている時には頭の中では「考えるな」という指令が出ているということです。ですから、幼児期に一番注意しなければいけないのは高速学習なのです。高速学習は、条件反射的に処理することを要求していると同時に「考えるな」という指示を出しているのです。そこには「考える力」を生み出す要素は何もないということです。どんなに「あいうえお」を速く言えても本を理解することはできないではありませんか。全文をひらがなで書いてあれば小学1年生でも六法全書を簡単に読めるでしょうが内容は分からないでしょう。同じことです。速さを競ってはいけないのです。複雑な(高学年の)計算手順の高速反復は「考えさせない力」をさらに強大化させます。集中できているという人がいますが「考えない集中力」をどんなに付けても思考力は育ちません。集中力には「考える集中力」と「考えない集中力」があるのです。そして「考えない集中力」は頭を活性化させているのではなく、頭を疲労させているだけなのです。大きな勘違いです。
 ここに笑えない笑い話があります。「赤ちゃんが話し始めたとたんに、速いことがいいことだとばかりに、母親がその子を早口言葉教室に毎日連れて行って高速会話が出来るようにした。周りからはスゴイスゴイ速い速いと言われ、親子揃って有頂天になった。そのうちに、その子はゆっくり話すことが出来なくなり、言いたいことも聞きたいことも分からなくなって一言も話さなくなった。その時、もうお母さんはいなかった。彼は一人で頭の中だけで高速会話をして独りぼっちで一生を終えた」
 反射とは自動化するということです。自動化は放置すると固定化します。固定化すると何も受け付けなくなります。これを反射式プリントで考えると「単純計算の高速化(強制反復)→考えるなという指令の繰り返し(自動化による反射形成)→頭の硬直化→硬直化した頭の固定化→考えることを受け付けない拒絶化(人為的学習障害:ALD)→性格形成や人格形成に影響」となります。私はこれら一連の症状は現場を無視した教育政策と教育業界大手の営利主義が生み出した人為的学習障害(Artificial Learning Disabilities:ALD)だと思っています。
 この基本的な作用を頭においたうえで小学校低学年の学習方法を見直すと、高学年で伸びる子どもの育て方が自然に分かります。
 小学校低学年の時にしなければいけないことは「考える力」と「正しい家庭学習の習慣」を身につけることです。そして「考える力」を養成するためには、できるだけ条件反射の養成となる高速の機械的反復作業はしてはいけないのです。具体的には計算等でスピードを競うことは最もいけないことです。子ども達は、面白がってやろうとしますが、害になるばかりです。ここで、いかにスピード競争から思考訓練に移行させることが出来るかが教師の力量なのです。なぜならば、単純計算のスピードをつけることはいつでもできますが、ゆっくりジックリ丁寧に考えるという習慣はなかなかつかないからです。さらに、考える力のない子は小4からの抽象概念の世界を理解すること自体が難しくなりますので、全教科で落ちこぼれる可能性が出て来ます。教育者(保護者も含む)は、この移行期を常に意識して子ども達を指導しなければなりません。また「分かる」ことと「できる」こととは必ずしも一致しないことも子ども達に教えるべきです。手順をまねて答えを出しているだけの「できる」では、いつまでたっても「わかる」状態にはならないからです。それでも「分からなくてもいいから計算を速くさせたい」「子どもの能力を制限し思考を麻痺させ感情を不安定にし受け身の姿勢を作り豊かな発達を阻害してもいいから先行学習をさせたい」という人が果たして何人いるでしょうか。少なくとも、私は願い下げです。▼資料04・作業と思考は反比例するチェック▲
 頭は急がされると計算の意味を知ろうとはしません。考えるとしても、それは「どれだけ簡単に速く処理できるか」という本来の「考える」こととはかけ離れた動きをします。短絡的であることを求めるのです。子どもはこの状態を何十倍も敏感に受け取っています。そして、この状態は習慣を作り、性格を作っていく要素になるのです。ここに「何も考えない」→「何も考えられない」の悪循環の始まりがあります。

●「基礎学力」とは基礎計算を速くしたり漢字を暗記することではない
 「基礎学力」とは基礎計算を速くしたり漢字を暗記することではありません。基礎学力とは、先生(他人)の話をよく聞くことが出来る力、先生(他人)の言葉を理解することが出来る力、抽象的な事柄をイメージ化出来る力、つまり「考える力」のことです。基礎学力は日々の教室での授業を通して養われます。ここに小学校の先生の責務があります。また、やりがいもあります。この基礎学力を取り違えると子ども達は、いつまでたっても判断力のない操り人形になってしまいます。「考える力」を養成し、自信と判断力を付けることが教育の第一歩です。昨今のマニュアル人間とかマリオネット症候群(受動的に操り人形の様にしか動けない症状)などは判断力養成の欠如が原因だと思います。
●人間はゆっくり成長するようにできています。ゆっくり成長しなければ正常に育たないようになっています。頭は12年間、体は18年間です。この間にスピードを付けるということは異常さを身に付けているということです。(視覚イメージ操作である思考以外が)速くないから考えることができるようになったのです。これは人間にまで進化した形跡を見れば明らかなことです。生命維持のために高度な視覚イメージの操作(思考)ができるようになったのですから、成長期に視覚イメージ操作の発達を妨害する高速作業をさせてはいけないのです。思考と作業は反比例するのは当然のことなのです。特に頭の作業である高速単純計算は厳禁です。頭の成長(人間としての脳の成長)を直接妨害するからです。高速単純計算の練習は思考力養成にとっては悪性腫瘍と同じです。もちろん、高速計算の練習をしなくても計算の速い人が遅くする必要はありません。それは、その人のテンポですので良くも悪くもないからです。自然で良いのです。

●小学校6年間の計算は小6の8月だけで完璧に高速で解けるようになります。

小6の8月までは高速計算の練習は厳禁です
(無駄であるばかりでなく上記のような致命的な弊害をもたらします)
(老人のボケ防止・予防にはカラオケ同様に多少の効果はありますが子供には無効です)
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文責・「どんぐり倶楽部」代表・T.Itoyama
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