■四年生■※二部プリントして一緒に読みます。 ※一学年の漢字が全て入っています。
「タイムトリップ」
今では山賊の巣となっている、二本の静かに流れる清らかな川を持った果てしなく広がる草原。昔ここに「勇気」という名の町が栄えていたそうだ。「戦うことを恐れてはいけない。しかし、戦いを好む人間になっては絶対にいけない」という長い題名の英語という大昔の言葉で書かれた紀行文によると、そこでは季節に関係なく不思議な形をした真っ黒の衣を体にまとった老人がいつも子供と遊んでいたと伝えられている。彼の名前はガンバルドン。
偉大な謎の人物である。これから私は文部科学大臣・田中氏の求めでガンバルドンに会いに行く。約二千三百年前へのタイムトリップだ。未来へ行くことは出来ないが過去へは時間単位で戻ることが出来る。ただ、管制塔が管理できる時間は千二百年間にすぎない。
だから、今度の旅は自分で時間を辿っていくしかない。連なっている時間は記憶と関係している。だから時間の旅は記憶の旅とも呼ばれている。節度を守って記憶に接していけば時間が交錯することはない。楽しかった記憶を求めてタイムトリップを願う人は多いが、専門家の間ではタイムトリップは最も危険な観光旅行と呼ばれていた。それは時空の構造解明が今なお完璧ではなく謎に包まれているからだ。何億という数の数式を組み合わせてスーパーコンピューターが記憶を時間に変換してくれる。例えば、歴史を学ぶには正しい記録が必要になる。それと同様に時間を辿るには正しい記憶が必要なのだ。単に時間を飛び超えて移動するだけは元に戻れなくなる。時間と記憶の変換ができるという理論を初めて聞いたときには、直ぐには信じることはできなかった。
しかし、そのうち過去へのタイムトラベルなら確実に可能だと分かり、一気に火がついた。過去への旅行など無意味だし、不必要だという人もいる。今が全てだという考えだ。確かに一理あるけれども、自分が体験したことがない過去への旅行は魅力的だとも思う。今までに、幾つかは欠陥を持っているタイムマシンも発見されたこともあるが私が使うのは最新型である。一台三兆円の最高級品だ。直径が短いので多少窮屈だが性能は安定している。タイムマシンは安定性が重要なのだ。どんなに時間が離れていても戻れればいいのだ。不安定なマシンでは戻れる確率が低くなる。これが一番危険なのだ。だが、安定しているとはいえ、私のマシンに課題がないわけではない。私のマシンは機械が作った機械なので、実は私自身が構造を全て知っているわけではないのだ。長い間、機械は機械を作れないと言われていたが機械を作る機械は各国で研究が続けられていて、このマシンは実用化第一号である。確かにタイムトリップを告げられた時には驚いたが、街中で話題になっていたこのマシンを試してみたいとも思った。私はプロのトラベラーとしてはそれ程優秀ではないし、博学でもない。だが、大事なのは経験なのだ。トラベラー同士が競争しても意味はない。それぞれに異なった経験を持っているというだけで比較自体が出来ないからだ。「争いは何も育てはしない」という格言がここでも生きている。目的を持ちつつ好きな事をしたいと思う気持ちが大切なのだ。人に危害を加えることなく自分のやりたいことを見いだすことができたら、それ以上に嬉しいことはない。私は花束を用意した。もちろんガンバルドンへの贈り物だ。あれこれと考えてみたが、花はいつの時代にも喜ばれていたからだ。今回の旅が成功と呼べるかどうかは、私が帰還してみないと誰も何とも言えない。管制塔が管理できないところまで行くのは無謀だとも言われたが、旅には冒険がよく似合うと思っている。決して命を蔑ろにするわけではないが、それだけの価値があると思っているのだ。今日の天候は良くないが航海には不都合はない。良いことでも悪いことでも平常心で受け止めることが大事なのだ。私はタイムトリップする前にはいつも高校の卒業式で読んだ決意文の文末の言葉を思い出す。「私は時の航海士になる」今まさに、私は時の航海士になろうとしている。
時間だ。カウントが始まった。
「スリー、トゥー、ワン、スィーユースーンThree,Two,One,See you soon.」
 タイムトリップはあっけなく始まった、が勝負はこれからだ。私の頭の中で記憶がブッ飛んでいく。刻一刻と変化していく記憶に気づかないとアウトだ。様々な事件も通り過ぎる。どれ位の記憶が流れていったのだろうか。
次第に記憶の流れが緩やかになっていく。幸い私の記憶はオーバーフローする記憶が流れ出して覚えていないことなく正常に保たれているようだ。着いたらしい。私の姿やマシンをこの時代に生きている人々が見ることは出来ない。時間の流れが違っていて交差することがないからだ。ただ、私はこの時代を見ることが出来る。私にとってはこの時代は過去だからだ。シュルシュルシュル、ポワン。
何とも頼りない音で到着を知らせてくれる。大勢の人が泣いている。牧場のようだ。私の故郷に似ている。歴史は繰り返されると言うが、この光景は私に関係があるのだろうか。ピロロン、ピロロン、ピロロン、ピロロン。マシンが聞いたことのない音を発した。見るとマシンの後ろの景色が牧場ではない。建築物が異常に多い。だが、この風景にも見覚えがある。ケロロン、ケロロン、ケロロン、ケロロン。まずい。またまた聞いたことのない音だ。
さっきまで、牧場だったところが浜辺になっている。熱帯魚が泳いでいるということは、かなり南に来てしまったのか。遠くには海水浴をしている姿も見える。ということは、遠浅の海岸に近いということか...でも、それはおかしい。マシンは場所の移動は出来ないようになっている。どういうことだろうか。陸上が海上になることは数億年の単位でしか考えられない。ポヨヨン、ポヨヨン。ポヨヨン、ポヨヨン。
やばい。まただ。今度は、さっきの建築物が消えて海になっている。景色がつながった。ここは海なのか。
巨大な松の木が林立している。夫婦松で有名な岐阜区の郡上エリアの海岸に似ている。「着きましただ。二億三千百九十年前ですだ」
「こいつ喋れるのか」
「もちろんですだ」「うお。喋った。ちょっと変だけど」
「お早うございますだ」「今何て言った」
「お早うございますだ」
「その前」
「もちろんですだ」
「その前」
「着きましただ。二億三千百九十年前ですだ」
「二億、三千、百、九十年前。何でだ」「何でだと、言われても困りますだ」
「二千三百十九年前だろ」
「あれ。一桁間違いましただ。気にしないで下さいだ」「気にするなじゃないだろ。どうすんだ」
「未来には行けませんだ。出来ることは過去に行くか戻るかだけですだ」「どうして」
「そういうシステムになってるんですだ」「じゃなくて、どうして間違ったりするの」
「ごめんなさいですだ」「マシンが謝るか」「そこなんですだ。そこが私のすごいとこなんですだ。今までマシンが出来なかったことなんですだ」
「すごくない」
「それを言われると悲しいですだ」
「悲しいのはこっちだ」
「・・・それを言われると、ますます悲しいですだ」
「その、『だ』ってのどうにかなん
ないか。気が抜ける。緊張感がない。切迫感がない。不真面目だ」
「・・・それを言われると、どんどんますます悲しいですだ」
「いいよ、じゃあ」
「そう言ってもらえると、嬉しいですだ」「喜んで貰っても困るけどね」「泣きたくなるほど胃が痛いとか、吐き気がするとかよく言われましただ」「そう、そりゃ気の毒にね」「希望がないとか」「ふうん」「殺伐としてるとか」「へえ」「好きになれないとも」「そうなんだ」「私は、競争が苦手なんですだ」「でも、政府公認タイムマシン最優秀賞の印が付いてるよね」「あ、それは飾りで印刷してあるだけですだ」「え?そうなの?」「そうなんですだ」「じゃあ、この官庁賞ってのも」「あ、それは官庁祭典の参加賞で、お祝いに貰ったシールですだ」「官庁祭典の参加賞…で、官庁賞…ハァ...あ〜あ、気が抜けた。ハラ減たぁ〜」「あの、料理は得意ですだ」「そうだよね。だって、料理の鉄人賞も…、あ!...。」「え?ハハ...それは本物ですだ」「よかった〜。特別な料理じゃなくていいから、何か作ってよ」「そうはいきませんだ。命令書に記載してある通りに、健康を考えて、材料は昨日までにとれた生産者の顔が見える胃腸にも優しい野菜、漁協から直接仕入れた魚、御飯は胚芽を残して精米してある栄養たっぷりの胚芽米、使う機械は消費電力ゼロのガス炊飯器...」「ガス炊飯器なんてどこに残ってたの」「倉庫の中で救援物資に囲まれていましただ」「そう、で今日は何?」「ジャジャジャジャ〜ン。秋の魚の王道を行く、サ・ン・マ、でんがな〜」「ああ、秋刀魚の塩焼きね」「小麦粉を少し振ってジックリ照り焼きにすると美味しいですだ」「そう?」「そうなんてもんじゃないですだ。芸術的な香りですだ〜」「いいよ芸術的じゃなくて。美味しければ。早く食べようよ」「了解であります。暫くお待ち下さいですだ」
 確かに、料理は結構な味だった。鍋の底に梅の香りがする石を焼いて置き、その熱で秋刀魚を焼いたていた。どこからそんな石を積んできたのかは知らないが食事の心配だけはしなくて良さそうだった。
「オーイ、おみゃ〜ら何やっとんだぎゃ?そげなとこで秋刀魚なんぞやいとったらとっ捕まるぞ」「オ〜、ビックラコイタァ」「おみゃ〜何もんだぁ」「オミャ〜、ナニモンダァ」「おりゃぁ、治安維持警察だぁ。まいったか」「まいりはせんけど、警察が何か用ですか」「おみゃ〜ら、標識が見えんだか」周囲を見回すと何やら×印の下に秋刀魚らしき絵が描いてある標識があった。
「あれ?」「それ」「ドレ?」「あれ」「アレレ」「何で、おみゃ〜ら秋刀魚焼いとんねん」「そりゃ、当然、偶然ですだ」「そげな呑気なこと言うとると、おみゃ〜らの未来みりゃ〜は風前の灯火だぎゃ」「未来を勝手に灯火って言わないで貰いたいですだ」「何だこのポンコツは、さっきからよう喋っとるけど。無線か何かで動かしとんのか」
「ア〜、ショック!モ〜、ショック!」「何ショック受けとんだぎゃ、このポンコツは」「ア〜、また言っただな!ポンコツとは何だぎゃお〜〜〜〜〜〜!」「落ち着けよ。お前マシンだろ」「マシンはマシンでも、そんじょそこらのマシンとはマシンが違うだぎゃお〜〜〜〜」「分かったよハイハイ、お前は非常に優秀なマシンだ」「分かればいいですだ」「お〜い。おみゃ〜らナニモンだ。説教垂れるつもりはねえけんども、この辺一帯は民間労兵や軍隊の訓練地域だで、ごっつ危にゃ〜でよ」「ピーピーピー、キンキュウ回避行動に移りますだ。通常操作停止、非常事態モードへ移行。司令官は座席を移動し、操縦席横の大型折り畳み椅子の内側で待機」「え?あ、そうなんだ。スタンバイOK」「神と共にあらんことを願ってお別れしますだ」「ハア?」ヒュルヒュルヒュルヒュル〜ポワン。
「...ウ〜サブ、ブルブル」「お〜い、着いたのか。何か寒いな」「寒冷地仕様にするのを忘れてましただ」「中でコレじゃあ、外には出れないんじゃないか?ちょっと偵察に行ってきてよ」「ご辞退申し上げますだ」「何でマシンが、ご辞退...するかもね」「冬眠に入りますだ」「お〜い、寝るなっての」「...」「お〜い、あ、でも何でさっき、俺のこと見えたんだ?」「時間の交差点だったんじゃねーの?」「ねーの?」「んだ」「お前、誰?」「つれにゃーこと言わんでケロ」「ケロ?」「おりゃー、常に進化しとるでよぉ。さっきまでのワシとはどえりゃぁ〜ちごうとるでよ」
「進化って言うより、壊れてきてんじゃないの?」「そりゃ気のせいだべ」「お〜い、方言がゴチャマゼだぞ〜」「ええんでなえかえ」「ま、いいけど。で、...改めて聞くけど、どうして時間が交差したわけ?」「記念の旗に反応しただな」「記念の旗?」「ありゃぁ、国を挙げての軍事費を貯金しようとした時の...ピピッ!目標を捕捉しましただ」「お、何かキビキビしてるな」「右前方、600m、ガンバルドン!」「え?」「ガンバルドン補足!!!」「ズームアップ」「了解」「あの満面の笑みと堂々とした身のこなし。間違いない。ガンバルドンだ」「後ろ、その後ろ」
「何が」「だからガンバルドン」「後ろ?」「仲良し三人組らしき人物達の一人」「誰が?」「だからガンバルドン」
「あれは生徒だろ」「だから子供の頃のガンバルドン。彼は大器晩成だからね」「でも、あれじゃあ分かんないだろ」
「念ずれば通ず。優秀なマシーンには分かるの。今の彼から未来の彼を類推してるってことだぎゃあ」「ぎゃあって。でも...分かんないだろ、アレじゃあ」「また、しくじったんじゃないの?」「象徴的な出来事が間もなく起こりまっせ」「そう?でもまあ、確かによく働いてるよなぁ」「努力エネルギーを測定しますだ」「ああ、そうだね。努力エネルギーが200なんて、そうそういないからね」「ピーピーピーピー、ブチッ」「お〜い、どうした〜」「ブチレベルですだ」「どんなレベルやねん、ブチレベルって」「ブチ切れましただ」「便利そうで不便な測定器だな」「この測定器は失格だな」「だな、って。...順番は間違ってないワケ?」「順番?」「え〜、エネルギーを測定する場合は、状況によって適当な測定順番の組み合わせの種類を選び、暫く放置しおくこと。特に、拡散されたエネルギーを測定するにはこれらの手順を省略すると正しい測定は出来ません」「へぇ〜、そうなんだ。では、ご唱和下さい。エネルギーを測定する場合は...」「お〜い、誤魔化さないの」「適当って書いてあるからテキトーに...」「この場合はテキトーじゃなくて、状況に応じて適正に該当するようにってことじゃないの?<適当に>ってのは」「え?そうなの...失礼しましただ」「じゃあ、愛情エネルギーは測れる?」「友達エネルギーなら直ぐに測れますだ!」「って、その方法しか知らない?」「では、ご唱和下さい。ガンバルドンはガンバルど。はい!」「ガンバルドンはガンバルど」
「友達、仲良く、鏡のように。はい!」「友達、仲良く、鏡のように」「大器晩成、ガンバルドン。はい!」「大器晩成、ガンバルドン。無理言って悪かった。いいよ、じゃあ、それ測って」「了解ですだ」
ピーピーピッピキピー〜〜〜〜。
「極限状態ですので、エネルギー量は通常の供給量を遙かに上回っています」「で...測定値は」「車輪のない自転車でも一直線に走ることが出来るくらいのエネルギー量ですだ」「脈絡のないこと言わないの。で、測定値は?」「固体エネルギー量でもいいだか」「聞いたこと無いけど...いいよ」「百ドル札一枚と五十セント硬貨二枚を間違って支払った時のショックと同等のエネルギー量ですだ」「あぁ...かなりのショックだね」「普通ならとっくにブッ倒れてますだ」「そうだね」私の見る限りでは、ガンバルドンは何も出来ない人だった。なのに彼は偉大な英雄と呼ばれていた。何故だろう。時の流れの中で懸命に考えたが分からなかった。
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こんな時、彼ならどうするだろう?答えは確実だ。目一杯の努力をする。歴史が彼を選んだのだ。真の偉大な英雄であると私は確信する。ガンバルドンは常に「努力に成功した人」だった。そこに価値があるのである。人間としての価値はココで決まるのだ。だから、ガンバルドンは人間としての英雄なのだ。
 タイムトラベルから戻って私は歴史の先生になった。もちろんガンバルドンが生きていた時代にも案内するようにした。そして、子供達はガンバルドンを目にして「勝敗には関係なく」戦う勇気も必要であること。そして、卒業するときに与えられる副記念品の中にある児童憲章の言葉の意味を借り物の言葉としてではなく、自分の言葉として卒業することが出来たようだ。数年後に彼等は国民投票に参加出来るようになる。その結果で国の教育指針は決まっていく。自分達が受けた教育を自分達で評価してよりよい形で子孫に伝えていく。私は「ガンバルドンへの旅」が何時までも残ってくれることを希望する。