【総索引】【童話:くろべえ:まいごのアリさん:ウチのカメレオン:ジャンケン・ポン:ウサギが飛んだ】
● く ろ べ え
「くろべえ、くろべえ」
さとる君は怖くなると、目を閉じていつもこう言うんです。
すると、やってきてくれるんです、丸くて黒くて、金色に光っているくろべえが。
さとる君はくろべえを見ると、どんな時でも元気が出てくるんです。
さとる君がくろべえと初めて会ったのは、さとる君がずっと小さい時でした。
秘密の話ですが、さとる君は夜がとっても怖かったんです。夜、お布団に入って、
お母さんが明りを消します。その時が一番怖い時でした。お母さんの顔も、大好きな
飛行機も、大切な色鉛筆も何にも見えなくなってしまうからです。夜のうちに、
みんなどこかへ行ってしまうんじゃないかと心配になってきて泣きたくなってくるんです。
ある晩、さとる君は、お布団の中でソ〜ッと言ってみました。
「怖いよ」
その時です、くろべえがやってきたんです
「ぼく、心配ないよ」
「だれ?」
「ぼくのお母さんも、大好きな飛行機も、大切な色鉛筆もみんな大丈夫だよ」
「ほんと?なくなんない?」
「ほんとだよ、だから安心して眠っていいよ」
「おばけ来るよ」
「大丈夫」
「かいじゅう来るよ」
「大丈夫」
「オオカミさん来るよ」
「大丈夫」
「大丈夫?」
「大丈夫」
くろべえはその日から毎日、さとる君の所へ来てくれました。
そのうちにさとる君は夜が全然怖くなくなってすぐに眠ることができるようになりました。
くろべえはこなくなりました。
ずっとずっと時間がたった、ある冬の日のことでした。その日はとても天気が良くて、
さとる君はいつまでもおそとで遊んでいたいと思っていました。おやつを食べても外は明るくて、
お友達の声も聞こえています。さとる君は、お母さんに言ってみました。
「遊んできてもいい?」
「いいけど、もう遅いから直ぐに帰ってくる んですよ」
「は〜い」
「ジャンパー着てね、寒いから」
「は〜い」
さとる君はお気に入りのジャンパーを着て走ってお外へ行きました。
さとる君が出かけてから随分時間がたちました。おおきな太陽が真赤なカーテンを
残して沈んで行きます。明日もお天気です。
ところが、さとる君は帰って来ません。
お母さんは心配になっておそとに行ってみました。
「さとるく〜ん、さとるく〜ん」
お母さんはさとる君を呼びます。ですが、お返事はありません。
お母さんはだんだん心配になってきました。「さとる〜、さとる〜」
お母さんはさとる君を何度も何度も呼びます。ですが、やはり、お返事はありません。
そのころ、さとる君は大変なことになっていました。
さとる君はお友達とかくれんぼをしていて大きな穴の中に落っこちてしまったんです。
さとる君は大きな声で何度も何度も「お母さん」と呼んだのですが、誰にも聞こえませんでした。
さとる君は泣きたくなってきました。誰も来てくれないし、お腹もすいてきたし、
だんだん寒くなってきました。震えながら目を閉じた時です、あのくろべえがやってきてくれました。
「ぼく、ガンバッて、お母さんを呼んでごら ん。お母さ〜ん、って呼んでごらん」
さとる君は震える声で精一杯に大きな声で呼んでみました。
「お母さ〜ん」
「もう一度」
「お母さ〜ん」
「もう一度」
「お母さ〜ん」
「さとる!」
穴の上に真赤な目をしたお母さんの顔が真暗な中にハッキリと見えました。
さとる君は泣き出してしまいました。
さとる君はおうちに帰って、お母さんに、初めてくろべえのことを話しました。
お母さんは驚いて言いました。
「さとる君を、ぼくってよぶのは父さんだね お父さんがきてくれたんだね」
さとる君は、くろべえがお父さんだと分かってとても嬉しく思いました。
さとる君はお父さんを写真でしか見た覚えがありませんでしたが、今は違います。
お父さんはいつでもさとる君のところに来てくれるのです。
● ま い ご の ア リ さ ん
アリさんはふうせんが大好きでした。アリさんは、きのうが誕生日だったので、
お母さんからピンク色をした小さなかわいいふうせんをもらいました。
アリさんはお母さんから、ふうせんを持っておそとに行ってはいけません、
と言われていたのですが、お友達に自慢したくてしかたがありません。
とうとうアリさんはお母さんにみつからないように、ふうせんを持ってお友達のところへ
でかけてしまいました。お友達のおうちが見えたその時でした、気紛れなつむじかぜが
やってきてアリさんのふうせんを吹き飛ばしてしまいました。さあ大変です、よく見ると、
アリさんはふうせんにしがみついたまま、ふうせんと一緒に飛んでいるではありませんか。
ピンクのかわいいふうせんはひろいお空に消えていってしまいました。
どれくらい、飛んだでしょうか。アリさんを乗せたピンクのふうせんは大きな森に降りて
ゆきました。アリさんは、早くおうちに帰りたいと思いましたが、自分がどこにいるのかも
わかりません。どっちへいったらいいのかもわかりません。
「どうしよう、どうしよう」
アリさんは、困ってしまって、ただウロウロするばかりです。その時、ふうせんの上から
声がしました。
「どうしたの?」
チョウチョさんです。
「どうしたの?」
「おうちに帰りたいの」
「おうちはどこなの?」
「わからないの」
「どうやって、ここまできたの?」
「ふうせんと一緒に飛ばされてきたの」
「そう、どれくらい飛ばされたの?」
「いっぱい」
「そう、さっきのつむじかぜ?」
「そうなの、お友達のところに行こうとしてたの」
「そう、おうちの近くにおはなはあった?」
「おはな?」
「そう、おはな。菜の花とか、チューリップとか、スミレの花とか」
「あ、チューリップがあった。赤と黄色がくっついてるチューリップがあった。おうちのすぐよこに」
「そう。赤と黄色がくっついてるチューリップ。見たことないなぁ」
「どうしたの」とハチさん。
「アリさんがまいごになっちゃったの。赤と黄色がくっついてるチューリップ見たことある?」
「知らないなぁ」
「なになに?」
と今度はムカデさん。
「どうしたんだい?」
とクモさん。それから、バッタさん、カマキリさん、テントウムシさん、トンボさん、リスさん
、小鳥さん、ネズミさん、ネコさん、イヌさん、モグラさん、ウサギさん、タヌミさん、キツネさん、
コアラさん、パンダさん、カンガルーさん、オサルさん、クマさん、オオカミさん、シマウマさん、
トラさん、ライオンさん、キリンさん、ゾウさん。森中のみんなが集まってくれたのですが、
誰も赤と黄色がくっついてるチューリップを見たことはありませんでした。
「困ったなぁ」
とみんながいいました。みんながアリさんを囲んで、どうしたらいいか考えている時でした、
ず〜っとず〜っと上の方から声がしました。
「あそこにあるぞ」
みんながいっせいに空を見上げました。おひさまです。
「あそこって、どこですか?」
「あそこに見えてるじゃないか」
「でも、ここからじゃ見えないんですよ」
「そうか、そこからじゃ見えないか。困ったなぁ」
とおひさまが言いました。
「困ったなぁ」
とみんなもいいました。
「そうだ!」
とチョウチョさんはニッコリとわらってみんなをアリさんの回りにグルッと一列に並べました。
「おひさま。赤と黄色がくっついてるチューリップは誰の方にありますか?」
「クマさんの方にあるぞ」
「ありがとう。じゃ、コッチだ」
「そうか、こうすれば分かるね」
とカンガルーさん。
「よかった、よかった」
とパンダさん。
「でも、途中でまたまいごにならないかしら」 とキリンさん。
「ぼくがついていってあげるよ」
とチョウチョさんがいうと、
「ぼくも」
「わたしも」
とみんなもいいだしました。
「それじゃあ、みんなで送っていこう」
こうして、ピンク色の小さなふうせんをもったアリさんを先頭に長い長い行列ができました。
チョウチョさん、ハチさん、ムカデさん、クモさん、バッタさん、カマキリさん、テントウムシさん、
トンボさん、リスさん、小鳥さん、ネズミさん、ネコさん、イヌさん、モグラさん、ウサギさん、
タヌミさん、キツネさん、コアラさん、パンダさん、カンガルーさん、オサルさん、クマさん、オオカミさん、
シマウマさん、トラさん、ライオンさん、キリンさん、ゾウさん。みんなは歌を歌いながらアリさんを
おうちまで送っていきました。 大きな森を抜けて、広い原っぱを通って、小さな池の横をとおり、
そして小高い丘の上まできた時です。アリさんが言いました。
「あ、ここ、きたことある」
「ほんとかい」
「ほんとかい」
「ほんとかい」
「ほんとかい」
「ほんとかい」
「ほんとかい」
アリさんがひとこと言うと、後ろにならんでいるたくさんの動物たちが次々にへんじをします。
「あ、あそこ!」
アリさんが走りだしました。
遠くにお母さんアリが見えます。
やっとついたのです。
「さようなら」
「さようなら」
「さようなら」
「さようなら」
「さようなら」
「さようなら」
動物たちが帰って行きます。
「ありがとう」
「ありがとう」
「ありがとう」
「ありがとう」
「ありがとう」
「ありがとう」
まいごになったアリさんと、そのお母さんアリはみんなにお礼を言いました。
● ウ チ の カ メ レ オ ン
ウチにはカメレオンがいます。
ずいぶん大きなカメレオンです。
でも、ぼくはまだ見たことがありません。だってカメレオンは回りの色とおんなじになって見えなくなってしまうからです。
お母さんによると、カメレオンにも変身するのが上手なカメレオンと下手なカメレオンがいるそうです。
下手なカメレオンはしっぽだけしか色を変えることができなかったり、頭だけしか色を変えることができないそうです。
ウチのカメレオンは特別に上手なんだそうです。
ウチのカメレオンはぼくが2才の誕生日のときにやってきました。
お父さんがぼくの誕生日のプレゼントに買ってきてくれたんです。
お父さんが、ぼくにカメレオンをくれようとしたときでした。
カメレオンはお父さんの手からスルッと抜け出して逃げてしまったのです。
そのときから、ウチにはカメレオンがいるんです。
カメレオンは何でもたべちゃうんです。ぼくが食べのこしたごはん、古くなった新聞、
はけなくなったくつした、かれてしまったお花、ぼくがこわしたオモチャ、何でもです。
それから、カメレオンは夜に食べたり運動したりするんです。
ですから、夜に目がさめると、時々やねのあたりでゴソゴソと音がするし、
朝になったら色んなものがなくなっています。カメレオンが食べちゃうんです。
ウチのカメレオンはとてもよく食べるので、今はぼくよりも体が大きいそうです。
それから、これにはさすがのぼくも驚いたんですが、冷蔵庫も食べるんです。
学校から帰ってきたらないんです、今まで使っていた冷蔵庫がないんです。
「冷蔵庫は?」
とぼくが驚いて、お母さんに聞くと、
「カメレオンに食べられちゃった」
と、お母さん。
「どうするの?アイスクリームどうするの?」 とぼく。
ぼくは毎日、お風呂上がりにアイスクリームをたべるのです。
「しょうがないから、お父さんに新しい冷蔵 庫買ってもらおうか」
「そうだね。でも、また食べられるよ」
「ううん、大丈夫。カメレオンは新しいのは 食べないから」
「そうか。そうだね」
僕は、この目に見えないカメレオンが大好きです。
ですが、一つだけ困ったことがあります。 じつはカメレオンはこどもが大好きなんです。
好きと言っても可愛がってくれるというのじゃなくて食べ物として好きなんです。
ですから、カメレオンは一週間に一回はこどもを食べるんです。こどもの肉はやわらかくておいしいんだそうです。
ただ、眠っているこどもだけは食べないらしので、僕はお風呂から上がってアイスを食べるとすぐに眠ったふりをします。
でも、夜になると、とても心配になってしまいます。
寝ているふりを見破られたら大変です。
何といってもウチのどこかに、ぼくよりも大きくてこどもを大好きなカメレオンがいるのですから。
● ジ ャ ン ケ ン ・ ポ ン
お兄ちゃんはズルイです。何をきめる時でも、ジャンケンできめます。
「たかゆき、ジャンケンしよう」
「やだ」
「なんでだよ」
「やだ」
「ジャンケンするぞ。ジャンケン、ポン。お 兄ちゃんの勝ちな」
いつも、お兄ちゃんの勝ちです。何回やっても同じです。だって、ぼくは、グーとパーしかできないんです。
チョキは難しいからできないんです。
シュークリームとキャラメル。お兄ちゃんの勝ちで、お兄ちゃんがシュークリーム。
メロンとリンゴ。お兄ちゃんの勝ちで、お兄ちゃんがメロン。
ストロベリーアイスとバニラアイス。お兄ちゃんの勝ちで、お兄ちゃんがストロベリーアイス。
カレーパンとショクパン。お兄ちゃんの勝ちで、お兄ちゃんがカレーパン。
もういやです。
今日は、お母さんの誕生日です。お母さんの誕生日にはみんなで、お食事にでかけます。
そこで、お父さんは、お母さんにプレゼントをあげます。じつは、その時に、ぼくとお兄ちゃんにも
プレゼントをくれるのです。
「お誕生日おめでとう」
さて、いよいよぼくらへのプレゼントです。お父さんがプレゼントを2個テーブルの上におきました。
な、なんと、そのプレゼントの一つは、ぼくがとってもほしかった大型望遠鏡でした。
「たかゆき、ジャンケンしよう」
血も涙もないお兄ちゃんが言います。
「やだ」
「なんでだよ」
「やだ」
「ジャンケンするぞ。ジャンケン、ポン。お 兄ちゃんの……」
「負けだよね!望遠鏡も〜らい!やった!や った!やった!」
ぼくは、お店の中をかけまわりました。そうなんです、実はぼくは、少し前からチョキが出せるよう
になってたんです。だけど、今まで、ヒミツにしてたんです。もう、お兄ちゃんには負けません。
何と言っても、ぼくはチョキが出せるんですから。チョキ、チョキ、チョキ、チョキ。何てステキなひびきなんだろう。
ぼくはチョキが大好きです。
しかも、この事件からというもの、ぼくは、お兄ちゃんに一度も負けたことがないのです。一度もです。
ブランコに乗る時もぼくの勝ちで、ぼくが最初。
大きなケーキと小さなケーキの時もぼくが勝ちで、ぼくが大きなケーキ。
新しいファミコンゲームをする時もぼくが勝ちで、ぼくが最初。
ジュースを選ぶ時もぼくが勝ちで、ぼくが最初。
もう、お兄ちゃんなんかこわくありません。 ところが、お兄ちゃんはとつぜん国立ガンセンターという病院に
入院することになりました。小児ガンという難しい病気でした。
お兄ちゃんが入院してから、3ヶ月くらいしたある日のことでした。ぼくは、お父さんとお母さんにつれられて、
お兄ちゃんをお見舞いに行きました。お兄ちゃんは、ずいぶんちっちゃくなっていました。お兄ちゃんは、
そのちっちゃくなった手を出してこう言いました。
「たかゆき、ジャンケンしよう」
ぼくは、また勝つんだろうな、こんな時にいやだな、と思いながらもジャンケンをしました。
ところが、何度ジャンケンをしても、アイコなのです。何度やってもです。お兄ちゃんもぼくも不思議そうに
何度も何度もジャンケンをしました。それでも、やっぱり、アイコなんです。最後には気味が悪くなって来ました。
そして、そのうちにお兄ちゃんは、ジャンケンができなくなってしまいました。
お兄ちゃんが死んでしまってから半年がたったある日のことでした。ぼくは友だちからこう言われました。
「たかゆきはジャンケン下手だな」
「どうして」
「どうしてって、左手見てみろよ」
ぼくは、ジャンケンをする時にクセがあったのです。そうなんです。お兄ちゃんは、このことを知っていたに
違いないんです。ぼくが、このことをお父さんに聞いたときにお父さんが教えてくれました。
「あの時の望遠鏡はお兄ちゃんが選んだんだ よ」
そうです、あの望遠鏡はお兄ちゃんからぼくへの最初で最後のプレゼントだったのです。
● ウ サ ギ が 飛 ん だ
タタタタタッピョーン、タタタタタッピョーン、タタタタタッピョーン
今日も朝早くからツルツル山では白ウサギと黒ウサギと茶ウサギが空を飛ぼうとガンバッています。
仲良し3匹ウサギは言いました。
「あんなちっちゃな鳥さん達が空を飛べるん だから、僕らが空を飛べても不思議じゃないよ」
「そうだそうだ、僕らは走らなくても随分飛 べるんだから、後は走る練習さえすればきっと飛べるようになるサ」
タタタタタッピョーン、タタタタタッピョーン、タタタタタッピョーン
3匹のウサギは来る日も来る日も全力で走りました。
ところが、いっこうに空を飛べるようにはなりません。
そのうちに、疲れ果てた茶ウサギが言いました。
「飛べっこないよ。ぼくらはウサギだからね。 空を飛ぶなんて最初から無理な話だったん だよ」
とうとう、一番大きな茶ウサギは飛ぶ練習を止めてしまいました。
でも、白ウサギと黒ウサギは今日もツルツル山を走り回っています。
タタタタタッピョーン、タタタタタッピョーン。
今度は、疲れ果てた黒ウサギが言いました。「白ウサギ君。ぼくらはこんなに毎日一生懸 命に走っているのに、
どうして飛べるよう にならないのかな。茶ウサギ君が言ってた ように、ぼくらは結局飛べないんじゃないかな」
白ウサギは黒ウサギをはげまします。
「ううん。ぼくらはきっと飛べるようになる。 さあ、練習しよう」
タタタタタッピョーン、タタタタタッピョーン。
2匹のウサギは何度も何度も走りました。 でも、どうしても空を飛ぶことができません。
「ねえ、白ウサギ君。ぼくたち随分練習した よね」
「うん」
「でも、飛べないね」
「うん」
「やっぱり無理なんじゃないかな」
白ウサギは答えませんでした。
「白ウサギ君、ぼく、もう止めるね」
「……そう」
「ごめんね」
「うん」
白ウサギは黒ウサギが帰ってゆくのをツルツル山のテッペンで寂しそうに見ていました。
白ウサギは今までよりも、もっともっと一生懸命に走り出しました。
自分でもどこを走っているのか分からなくなるくらいに走り回りました。
白ウサギはどうしても飛びたかったのです。 白ウサギが疲れはてて、大きな樫の木の下で横になっている時でした。
ほんのりと暖かい春風さんが白ウサギの回りにやってきました。
「ウサギさん。ウサギさん」
白ウサギは疲れはてていて、春風さんの言葉が夢の中の出来事のように思えていました。
「ウサギさん。ウサギさんは、どうしてそ
んなにまでして空を飛びたいの?」
白ウサギは夢の中で答えました。
「お約束したの」
「誰と?」
「僕の妹」
「妹さんがいるの」
「いたの。今は、お星さまになってるの」
「そう、それで、お空を飛びたかったのね」
白ウサギは、そのまま眠ってしまいました。おひさまが沈んで、少し寒くなってきまし
た。白ウサギが目を覚ますとツルツル山はお星さまに囲まれていました。
白ウサギは今日も飛べませんでした。
あきらめてトボトボとおうちに歩いている時でした。町の明りがよく見える、崖の上にやって来た時、
白ウサギは、ふと、飛べるんじゃないかと思いました。
その崖はツルツル山のてっぺんからつながっているとても危ない場所でした。
暖かい風が白ウサギの体をソッと包みました。白ウサギは自分が何だか軽くなったように思いました。
「もう一度だけやってみよう」
白ウサギは、そう思って、もう一度ツルツル山のてっぺんにかけのぼりました。
空には大きなお月さんがポッカリとうかんでいます。
白ウサギはおおきな深呼吸をしました。
すると、体の中にまで暖かい空気が入り込んできて、いっそう体が軽くなったような気がしました。
「飛べる」
白ウサギはそう思いました。
タタタタタタタタッ。
白ウサギは力いっぱい走り出しました。
タタタタタタタタッ。
白ウサギは全速力で崖からジャンプしました。
タタタタタタタタッピョーン!
すると、どうでしょう。白ウサギの体は落ちるどころか、お星さまに向かってどんどん上がって行くではありませんか。
白ウサギさんは高く高く舞い上がって、とうとう見えなくなってしまいました。
その夜、あたたかい風に誘われて、空を見上げていたたくさんの人がウサギの形をした雲を見たそうです。
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