総索引
§ゆとり教育に対する「批判」の勘違い
 ゆとり教育の理念は間違っていませんが理論も方法もありませんでした。ですからゆとり
教育が原因で学力が低下したと思われたのは当然でしたし、批判の的になるのも当然でした。ですが、批判そのものは的外れです。ゆとり教育の批判の中に「読み・書き・計算」という基礎学力を軽視したからだという論調がありますが、全く違うと思います。「読み・書き・計算」が基礎学力だったのなら、こんなに一気に学力低下が表面化はしません。学力衰退の下地が十分にあったから表面のコーティングをとっただけでボロボロの中身が見えただけなのです。
 「ゆとり教育」の前も後も子供達の宿題は全く同じ「読み・書き・計算」でしたし、やっていることは形を変えた(考える学習と呼ばれる)考えない学習でした。なぜなら、考えるとは具体的にはどういうことかさえ分かっていないのですから本当の考える学習などできるハズがないからです。「ゆとり教育」の目標はメッキのコーティング(単純作業的学力)の下(本当の学力:思考力)をキチンと作ろうということだったのですが、残念なことに作り方を誰も知らなかったのです。だから、コーティングを剥がしたまま的外れな時間つぶしをすることになってしまったのです。そこで、今までの学力衰退が表面化したのです。つまり、「ゆとり教育」が証明したことは少なくとも「読み・書き・計算」は基礎学力ではないということだったのです。
 私は二十数年前に大手塾の大失敗を目の当たりにしました。それは、進学率をあげようとして、それまで小四からだった入塾を小三からにし、ついには小一からにしたことです。塾生は増えましたが進学率は上がりませんでした。そして、低学年戦略は学力養成とは関係のない、単なる塾生の囲い込み戦略となって今に至っています。
 次の書評(抜粋)は教育雑誌「いきいきニコラ」の馬場氏の書評です。重要な資料としての価値を持つ書評だと思いますので掲載します。
※全文はhttp://www.os.rim.or.jp/~nicolas/9sainokabe.html
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■「9歳の壁」と子どもの学習〜T.Itoyama著『絶対学力』から思うこと
 Itoyama氏の言う「9歳の壁」というのはどういうものか。人は12歳までに抽象思考ができるようになる自然なプログラムを持っているが、そのプログラムに逆らって幼少期に先行学習やパターン学習をさせると、考える力が育たず具象思考から抽象思考に変化する「9歳の壁」を乗り越えられなくなる。具体的には、暗記力と計算力で満点をとっていた子が高学年になると学力不振に陥る。それは考えない習慣をつけさせ、マニュアル人間を作り出すからだというのだ。これは今流行りの知的早期教育への警鐘でもあろう。これについては、私の若い頃の経験による傍証がある。ある進学塾で仕事をしていた時、その塾は日の出の勢いで躍進をしていたが、もっと生徒を増やそうという方針で、それまで小学4年生から通塾させていたものを、親の要望も受けて小学3年生から引き受けることにした。それで教育熱心な(?)家庭の子弟が通い始めた。中学受験は早いほうがいいというわけだ。確かに熱心な子が多く勉強の成果もあがった。ところが、数年経ち高学年になった頃から奇妙なことが明らかになってきた。受験学年になるころにその子たちの成績の伸び悩みが見られるようになってきたのである。そして、5年生や6年生なってから通塾し始めた子どもたちに追い抜かれることさえ起きてきた。通塾を勧める関係上、父母には秘密であったが、塾内では半ば公然の認識であった。その後の受験の結果はもはや推して知るべしであった。なぜ、こういうことが起きたのか。通塾の弊害が明らかであった。一般には「塾慣れ」とか「塾疲れ」とか言われたが、私はもっと別のところに原因があると思っていた。それは学校に通い、塾や習い事に通うことに忙殺され、ひたすら理解し覚えることに1日の時間の大半が使われ、ほとんど自分で考える実行する習慣を持つことなく来てしまったことの結果ではないかと考えていた。いくら優れた水泳の指導書を読んでも実際に自分の体で会得しなければ水泳が出来るようにはならない。このことを、Itoyama氏は『絶対学力』(本物の学力)の中でより体系的に明らかにしてくれている。
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 私は馬場氏とは面識がありません。ですが、大手塾の講師をしていた二十数年前に彼と同じ体験をしています。ということは、この現象は全国的なものだったのだと思われます。
 そして今、「読み・書き・計算」を徹底反復して基礎学力を付けようとの名目で、高速計算練習を軸とした、かつて大手塾が犯した大失敗と同じ道を突き進んでいる小学校が出てきているようですが、どうにか思いとどまって欲しいものです。私は、二十年も前に、小学校低学年で高速計算を徹底反復させられ、漢字や諺を大量に覚えさせられた子供たちの悲惨な結末を見てきたのです。漢字はイメージと連動させることで救いようがありますが、高速計算だけは、どうやっても救いようがありません。どこまでいっても、やっているのは「10の補数と九九」の反復だけだからです。私の経験では、小学校低学年での高速計算練習ほど頭を固くするものは他にはありません。応用のきかない発想の乏しい頭を作ってしまいます。ですから、これだけは絶対にやらせてはいけないのです。今、現役の小学校の先生が、かつて塾が試み、大失敗した低学年戦略を知らないのは仕方がないでしょう。ですが、子供の反応をよく見れば分かるはずです。見せかけの見栄えのする力がいかに有害なものかに早く気づいてもらいたいものです。

§頭の健康診断:我が子の本当の学力を知る
 本当の学力(一生使える自力で考える力・工夫する力)の育ち具合を正しく把握すれば学習の指針は自ずと定まってきます。チェック方法は簡単です。頭の健康診断【頭の健康診断(自己診断)年長〜小6中学生は小5-6を使って下さい】を全問楽しく解ければ今の学習方法は健全で優秀な学習方法です。結果が悪ければ再考して下さい。知識量や処理速度はいつでも修得できますが考えるための思考回路作成は12才までしかできないからです。ただし、解けるからといって有頂天になってはいけませんし、解けないからといって落胆する必要はありません。ポイントは【楽しく】取り組めるかどうかです。
 考える力が育っていない子供達の反応は全国共通です。年齢や地域差は殆どありません。
重症な方から問題を見るなり「やだ」「習ってない」「分からない」「どうするの?たすの?ひくの?」と考えようとすらしません。「文章問題に慣れていないから」とか「難しいから」とかではありません。考える方法を教えて貰っていないからです。その証拠に考える方法を身に付けている子供達の解答例(p.---)をご覧下さい。彼らは楽しくこれらの問題を解いてしまいます。そして、解けた場合でも「楽しく」が無い場合には要注意です。伸びない前兆だからです。もちろん努力に比例した通常の伸びはありますが、子供が本来持っている加速度的な伸びは期待できない状態になっていると考えられます。また、先行学習しているのに在籍学年の問題が解けない場合は、現行の学習方法が「危険学習」である可能性が大きいようです。なぜなら、特別な学習などしなくても子供達は全員が在籍学年の問題を楽しく解けるようになるのですから。
 今までの経験からお話しすると、「計算は完璧だから次は文章問題を」ということで私の教室にいらっしゃる方は例外なく重症でした。様々な思考回路を作らなければならない時期に貧弱な思考回路(暗記・暗算・高速反射)の徹底反復しかしていなかったからです。考えるとはどういうことかさえも暫くの間は分からない場合もよくありました。「計算は得意だけれど文章題がちょっと...」は普通に言う言葉ではないのです。危険信号なんです。慌てて下さい。それなのに「文章題には国語の読解力が必要ですから...」などと言われて納得してしまう人もいるようです。中には「読解力だから漢字・本読み・暗唱がいいかしら?」と全く見当違いの方向に進み出す人もいます。ますます病状は悪化します。外見は「計算が速く正確」で「漢字もたくさん知っていて書ける」し「音読もスラスラ」出来るんです。文章を書かせると上手に書きます。ですが、それは高度な猿真似なんです。自分で考えることは殆ど出来ません。集中力もあるように見えます。ですが、それは考えない集中力であり、考えないで黙々と作業を続ける幼児・児童期には付けてはいけない集中力なのです。「計算は得意だけれど文章題が」とは、言い換えると「人間になるためには当然育っていなければならない多種多様な思考回路を使うことは全く練習しないで、極端に数少ない思考回路を使って何も考えずに高速処理することしかできないように育ててしまった」という場合が非常に多いのです。ですから、高速計算教室を経由して私の教室に来られる方はテスト結果(テストを受けている様子)を見て100%ショックを受けられます。自分のお子さんの反応に愕然とされます。教室の子供達が笑いながら自分のペースで「良質の算数文章問題(頭の健康診断と同じ)」を解いてゆく傍らで何も出来ずに意味もなく計算を繰り返すからです。
 考えられない症状を示している子供達の中でも、高速計算を鍛えていればいるだけ反射プリントをたくさんしていればしているだけ回復させるのに時間がかかりますし、高速計算を始めた時期が早ければ早いほど困難です。自分から絵図を描く(考えようとする)のに6ケ月程かかるお子さんもいます。小3なら100%回復します。ただし、高速計算を一切させないことが条件です。小4ならそれまでにやった高速徹底反復の度合いによります。小5では難しくなります。小6だと完全な回復は見込めないようです。中学以上では、残念ながら回復できないと感じています。もちろん対処法はありますが、根本的な治療とは異なります。ですから「低学年の時には計算と漢字だけでもできれば〜」と簡単に思わないで欲しいのです。思考の臨界期は直ぐにやってくるからです。高速多量学習に代表される勘違い学習の行き着くところは高度な猿真似しかできない短絡的思考人間です。どんなに情報があっても、それは水路を行き交う船であって水路そのものではないのです。水路の数が思考回路であり学力なのに、知識を学力と勘違いして多量の知識を覚えさせることを学力養成と勘違いしている人がいます。これでは永久に思考力養成は出来ません。そして、臨界期を過ぎてしまうのです。
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