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●感情はどうやって育てるのかを知らない人がいます。そこで、悲しく思うと考えられる悲惨な光景を見せて説明を加えて理解させようとします。ですが、これは全く役に立ちません。示された悲惨な映像だけが独立してインプットされ嫌悪感や憎悪感とつながって保存されるだけです。感情は物からは得られないのです。感情教育の大原則は「感情は人から人へ伝播する」ということです。どんな光景でもいいのです。その光景を見て悲しんでいる親や先生や友達がいたら、その様子を感じて悲しみを味わうのです。こうして感情は育っていくのです。ですから、感情教育の先生は親→先生→友達です。親が悲しく感じることを子供も悲しく感じます。教え込む必要はないし、それは無駄なことです。自分で感じたことを素直に表現すれば子供はキチンと受け取って消化するのです。どんなに巧みに説明されても心は動かないのです。一番簡単で一番大切で一番難しいことです。親も素直でなければいけないということです。また、こうして育てられた確かな感情が後に正しい判断力の導き手となります。どんなに「理解力・思考力」があっても正しい判断を下すには、正しい感情(確かな感情)が必要だからです。
●幼児期に育てるべき判断力を育てられていない状態で12歳をすぎてしまっている子供大人が異常に多いように思われます。考える力を育てることができないと、判断力は育てられません。そして、判断力がないままに大きくなって活動範囲が急速に広がると入力される情報が急激に増加しますので「見せない教育」は通じません。すると、判断できないものを歯止めなく目にする(入力する)ことになります。判断力のない状態では見たものやイメージしたものは善悪の区別なく頭(心)に保存され何の抑制もなく再現されます。そして、体はその再現イメージを無意識に真似するのです。最悪のイメージトレーニングです。このような危険防止のためにも幼児期での「考える力」の養成は急務であり教育の原点でもあるのです。今の子供たちを見ている私の実感としては、小学校五年生くらいまでに、この力をつけてあげないと手遅れになると感じています。そういう意味でも小学校時代に育てるべき力は判断力の素となる「考える力」なのです。言い換えるならば小学校時代に育てるべき力は、小学校時代に目にするものに対する判断力ではなく、「見せない教育」が通じない中学以降に急激に増加する情報(恐怖映画や種々雑多な漫画や雑誌も含む)に対する判断力の素となる「考える力」なのです。小学校時代にこの力を育てられないと拠り所のないままに一生を過ごすことにもなりかねません。自分の価値基準(判断基準)がなければ他人の価値基準(判断基準)を使うしかないからです。この意味でも、小学校時代の教育は一生を左右するほどに大切なのです。

※成長期に最も悪影響を及ぼす「スピード」というストレスを学力と勘違いしてはいけません。
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★★2(乳脳と永久脳:2才児神話の崩壊)