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「絶対学力」なんていうすごい名前の本

早くはないけど速報版。2003.5.12.文部科学省の学力調査の結果が発表されたのであわてて書きました。
2003年3月29日午後。T.Itoyamaという人から突然1通のメールを受けとりました。
陰山氏のメソードに対するおまえの意見をみた。 是非 自分のWebサイトを見てくれ。
早速拝見し簡単な感想を送ると,すぐさま氏の近著が送られてきました。それがこの
「絶対学力 9歳の壁をどう突破していくか?」(文春ネスコ) でした。初版が3月24日ですから,本当にすぐ,という感じです。
早速読んでみて,またItoyama氏の主催するWebサイトも眺めてみての感想・・・Itoyama氏は全体的に私と同じような主張をお持ちの方であると思われます。
そしてとても良く分析しておられ,私自身も自分の立場を改めて見直したような気がしました。少し具体的に述べていきましょう。
子供に身につけさせるべき能力は何か
私は子供に最初に身につけさせる能力として,昔から言われている「読み書きそろばん」という言い方をよく借用します。 ただしこれを単に
「漢字に読み仮名をふることが出来る」「漢字の書き取りが出来る」「計算が速い」 能力であると言ってしまうと,間違いであるどころか害を及ぼす
危険性が高い。ではその本質はどこにあるのか。
2003年4月26-27日,本学教育学部1年次生に対して合宿研修を行いました。 私はその中で「小学校の先生になるために何を学ぼうか?」
というセクションを担当しました。 それを見物に来られた奥 忍教授(音楽教育)から教えてもらったこと。
奥先生はこの合宿で音楽(芸術)教育関連のの講座を開講して 「言語を使わずにコミュニケーションをしよう」をやったそうです。
対象は大学1年生,互いにほとんど面識がない十数人。それを言葉を使わずにコミュニケーションして,誕生日順に並ぼうというような題材。
私にはすぐにピンときました。言語を媒介にしてコミュニケーションするのが普通だけれど,逆に振り回されてしまう危険性があるということ。
特に危険なのは書き言葉。もちろん文字も。
同僚である奥先生を改めて尊敬。よく「ペーパーテストだけで計る能力は・・・」という言い方がされるが,何が悪いのか。ここに本質がある。
私自身がぼんやりした形ながら長く思っていたこと,そしてItoyama氏が著書で述べておられるのはまさにそのことだと感じました。
そこで本書のこと。本書では 「視考力」という言い方を用いています。(表面上の,形だけの)言葉ではきちんと考えたことにならない,
その内容が画像として頭に浮かぶこと,はやりの表現をすれば,右脳を使って理解するということになるでしょうか,それが必要だということです。
しかし著者は立派なもので,この「右脳」ばやりにも苦言を呈しています。右脳でこのようにイメージし,左脳でそれをきちんと分析していく。
こうした両方の協力で初めて豊かな思考ができる,と。 個人的なことですが,著者のWebサイトから算数の文章題をもらってきて,小1の愚息ぴよのしん
にやらせております。私は著者が勧めるよりももう一段階手前で止めるようにしています。
曽布川流のやり方
色鉛筆を用意。A4サイズ縦置きの用紙。一番上に日付を書く欄。 その下に問題を印刷。その下は空欄。10〜20枚ほど用意しておく。
子供に自由に選ばせる。まず始めに親がそれを声に出して読んでやる。 算数の問題であるから子供は答えを言おうとするので 合っていても
間違っていても,そうねぇと言って聞いておく。 次に1行目から丁寧に声に出して読んでやる。
『カタツムリがこうえんに4ひき・・・』   それじゃあカタツムリを描こう。 そしてカタツムリの絵を描く。様々な色,大きさ。 次は公園だ。
何があるかな?   
『はっぱをあつめて・・・』何色の葉っぱかな
少しずつ読み進めながらお絵描きにつきあう。 最後には問題の答えが出てくる。父親は「そうだねぇ」というだけ。
本人は図工の時間が大好き。友達がお兄さん・お姉さんからかけ算九九などを習ってくるのを聞いて「本当はボクももっと難しい数字の
勉強 (本人の言うまま) したいんだどなぁ」というのを敢えてこちらへ引っ張る。どうしてもかけ算にこだわっているときは,かけ算の問題を含む
ような文章題を出してくる。本人は得意になって「しさんじゅうに」などというがそこでもオセロゲームや碁石を出して並べさせることに・・・
著者の提供する問題には良い問題がたくさんあります。例えば, 「はっぱを半分ずつ,3人で食べる。全部でどれだけ?」などという問題。
こういうところが狙い目。従来なら,0.5×3=1.5 などということを考えて,出せなかったかも知れないけれど,お絵描きなら何の問題もない。
そしてそれを通じて「半分が3つ」という量の概念を知らせている。 全部の問題をみたわけではありませんが,これからもこの教材の色々な応用
を考えたいと思っています。
陰山氏らの方法に対する見方
陰山氏らの方法,特に100マス計算に対してこの著者は相当厳しい批判を浴びせています。著書ではあまりはっきりは言っていませんが,
Webサイトではずいぶん批判を重ねています。
私は別のページでも書いたように,陰山氏らの方法は本来悪いものではないとみています。私自身が100マス計算をやってみると,
なるほど脳がうまく動いて集中力が上がっていることが経験できるからです。しかしこの著者のWebサイトにあるように,確かに無駄は多い。
本来教育は無駄を排除してはいけないものなのだとおもいますが,無駄にも色々なタイプがあり,排除すべきものもあります。
それに今時の子ども達は無駄があるとまず自らそれを排除しようとする。本来,100マス計算でも
●● + ●●●● = ●●●●● ●
と思いながら2+4=6を計算するべきであるのに,ちゃんと導いてやらないと子供は にたすよんはろく と「覚えればいいんだ」と思ってしまいます。
100マス計算は確かにシステム的にロスが大きい。 能力のない教師がこれを行えば, 速さ競争になってしまいがち。そうなってくると,
この「覚えればいいんだ」に なってしまう可能性が高い。
上の2通りの「2+4=6」はとても大きく違うのですが,子供の発達のこと,数概念の形成について知らない普通の親・愚かな教師たちは
「にたすよんはろく」で良いと思っているらしい。 そして最悪なのは,学校の教師でもそう思っている人が多いようだと言うこと。
この件について著者は「トライアングルナンバーズ」という方法を提唱しています。 これは「100マス計算」の問題点を解消した優れものですが,
私は本質的には同じような理念に基づいたものだと思っています。この「トライアングルナンバーズ」の方がはるかに良い方法で,害になる可能性
もとても低いと思いますが,ちゃんとした教師がみていないと,上の「●●+●●●●=●●●●● ●」を抜きにしてしまう危険性は0にはなりません。
本書にあるように「自学自習」などという幻想を捨てることが出来れば,その心配はないのですが。
本書の他の部分をよく見れば,著者がこのことを完全に認識していることは明らかですが,100マス計算に対する批判(機能的に無駄が多すぎること,
時間を計ることが前面に出たら危険だということ)の部分が突出していて,なんだかヒステリックな感じがして,本質的な議論がかくれています。
本書は良いのですが,Webサイトを合わせてみたときに,逆に良さを評価されないのでは?と心配してしまいます。
最近テレビなどでコマーシャルをしているような形態の教育
この著者は「やんなきゃよかった○○式」についても厳しい批判をしていますが,私はこの件には言及するのを控えます。私自身も同じようなことを
言って来ました。本書は私よりも精緻に問題点を挙げて論破していますが,国立大学教官であるという立場上,私はこれ以上述べられません。
わからん帳のよさ
私はかつて高校教師をしていたときにも,そして今大学で教えていても常に学生に口を酸っぱくして言っていることがあります。
これまでに自分が書いてきたノートを見よ
特に大学生に予習・復習を要求するのはあまり現実的でないにせよ,少なくとも授業中に書いたノートは重視せよと言っています。
同時に「ノートを取る」時に,黒板を写すのではなく,自分で考えて書くように配慮しています。具体的には,説明の途中で敢えて話しを切って,
学生自身に続きを書かせるようにしています。もし学生が私が述べることと違うことを書いたとしても,内容的に合っていれば自分のものを優先せよ,
もし間違っていればそこに訂正・吹き出しなどで書き込め,という指導をします。ここで金言。
数学が出来なくなるために最も良い方法は消しゴムを多用することである
私の授業を受けていた人は知っているとおり,私は15年前からこれを言ってきたのですが,本書にも同じようなことが書いてあり,共感したところです。
そうやって自分が「考えた履歴」になるようにノートを作らせます。 本書に上がっている「わからん帳」は「考える」ということを小中学生から習慣づける
ように,私の方法よりもさらに特化し,はっきりさせています。学ぶ内容が違うことから,大学生にこの方法を採らせるとかえって労力が大きくなって逆効果
になりますが,小中学生(高校生でも十分通用すると思います)に対する指導としては,全く素晴らしいものです。言われてみて,大変感心しまた。
(2003.5.14 加筆)
あわててこの書評を書いた理由
上述の通り我が子に使ってみて,また学生の講習会でも教材として用いる中でその良さをじっくりわかってきたつもりでしたが,
今般(2003.5.12)文部科学省の学力調査の結果が発表され,「実感する力がない」などという表現(朝日新聞による)をみて,
あわててこれを発表する必要を感じました。なぜなら,このItoyama氏の著書・Webサイトの内容,特に良質の算数文章題が,
学力問題の解決に大きく役立つと思っているからです。
加筆:2003.5.14, 2003.5.15,
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