総索引<危険な早期教育>参考になる・記録週間文春HP・週刊朝日「早期教育で病んだ子どもたち(週刊朝日 2009年09月18日号配信掲載)
渡辺由佳里http://watanabeyukari.weblogs.jp/blog/2007/11/index.html

<IQは130以上でも異常である>...それなのに知育を標榜する幼稚園の中には
「IQ140以上の子を
育てます!IQ200も夢じゃない!!」?????????????である。
なんてのがある。...IQの事も知らなければ「教育」も知らない馬鹿者である。

IQの平均値は100であり、85-115の間に約68%の人が収まり、70-130の間に約95%の人が収まる。IQは100を中心として山型(ベルカーブ)に分布する(正規分布)。ただし、従来のIQを使用する場合は、必ずしも綺麗な分布ではない。標準偏差2つ分 (2SD) 以上平均値から乖離している場合は異常値とされる。田中ビネー式の標準偏差は16であるため、68以下と132以上が異常値とされる。ウェクスラー式の標準偏差は15であるため、
70以下と130以上が異常値とされる。 また「IQの数値」は、あくまで知能の発達の早さを意味するものであり、異年齢の他人との数値の単純な比較によって高知能であるとかを断定することはでき ない。例えば、5歳の児童が、10歳の平均的な児童と同じ知能を示せば、IQは200になる。そして、IQ100の11歳児とIQ200の5歳児を比べれ ば、平均的な児童であるIQ100の11歳児の方が、IQが突出して高いIQ200の5歳児よりも知能は高いことになる。この例からも分かるように、IQ の数値は、知能の高さの絶対値ではないのである。また、5歳でIQ100の人が7歳になったらIQ90であった場合、一見すると数値が低くなったので知能 が退化したかに見えてしまう。しかしながら、5歳時のMAは5歳0ヶ月であり、7歳時のMAは約6歳3ヶ月である。このため実際には知能水準は伸びてい る。

<参考:分かると考える>→★★★
<参考:発育の大原則 >→★★★
<注意>70以下と130以上が異常値とされる...とあるが、数値が一般的ではないというだけで、人間が異常ということではない。
生まれつきの能力に異常も正常もないのである。
その子の能力(特性)というだけである。第一個性であるテンポが速いか遅いかというだけである。
だから、そのテンポを知ることは大事だし、子育てや教育をするときの参考にもできる。
ただし、その処理速度のために引き起こされる特異な反応があることは知っておくべきだということである。
ヘンテコリンな教育になるのは、その生まれつきの数値(だけを)を強引に変えるためになされる、その子のテンポを無視した教育である。
また、なぜ、正常範囲と異常範囲と呼ばれる範囲があるのかは意識しておく必要がある。

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●教育心理学者ブルームは「全ての子どもにたしかな学力を(明治図書出版1986)」の中で幼児期を学習にとって極めて重要な時期ではあるが、それを読み書き計算の学習と結びつけ
ることは見当違いも甚だしいと激しく非難しています。
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●反射式プリントの害
「分からなくてもいいから計算を異常に速くさせたい」「子どもの能力を制限し思考を麻痺させ感情を不安定にし受け身の姿勢を作り豊かな発達を阻害してもいいから先行学習をさせたい」
というのであれば反射式プリントを続ければいい。私は願い下げだ。
 反射式プリントの国語・英語は本文はいい場合が多い。ところが、大事な部分は設問なのに設問は実に安易に作られている。自習用に手抜き学習が出来るようにしてあるからだ。
 実は、学習のレベルは設問によって劇的に変化するのいです。同じ本文に対する設問でも「内容を20字前後で要約しなさい」と「○○○は□□がいないことを寂しく思っている」
では天と地ほどのレベル差があります。ところが、本文が複雑な文章だと複雑な問題と思わせることが出来るので本文の見栄えに重点を置いているものが多いのですが的外れです。
これではいつまでたっても実力養成は出来ません。
 つまり、自習用の反射式プリントはこの肝心の設問が三流(力を養わない設問)なのです。だから、先生が不要なのです。
 算数・数学においては設問にあたる部分は問題数と順番にあたります。やはり、考えなくていいように仕組まれていて三流の問題と言わざるを得ません。目的が違うといえばそ
れまでですが、それは作っている方の逃げ口上にすぎません。
「分かっていないのにできる」子どもにしたい親などいないのですから。「分かっていないのにできるようになります」と謳ってしまっては誰も相手にはしてくれません。
「できるようになるだけで、分かるようにはならないプリント」を使っていますとは言えないからです。うたい文句では「できれば分かるようになる」と力説していますが、
現実は全く反対で、さらに悪いことには、できなければフォローの対象になり得るのに、分かっていなくてもできるのでフォローの対象にさえなり得ない最悪の状態になっています。
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<実際に指導した子供の例>
 反射式プリントを使っている組織から進度一覧表がでています。第4地域小5(新小6)進度一覧表(2001年3月末現在)春季号[3学年以上先学習者]のP.45[英語H-160]に現在の
教え子であるS子ちゃんが載っています。もちろん、とっくに反射式プリントの教室はやめてもらっています。彼女は全国(英語)で47,118名中373位(0.79%)・福岡で1,665名中
13位(0.78%)に位置する子(算数・国語も同レベル)でしたが、その子をして、学習内容はチンプンカンプンで全く分かっていませんでした。では、残り99.2%の子どもたちはどう
なっているのでしょうか。考えただけでもゾッとします。

<早期教育についてのメモ>
●早期教育に関して臨界期(この時期をのがすと機能が働かなくなる時期)という言葉を使う人がいます。
 ところが、臨界期とは機能的な事に関するものであって知的な事に関する用語ではありません。
 それなのに、学習(知的学習)の話で臨界期という言葉を使い、例としては視覚・聴覚(機能)に関する臨界期の実験結果としている。
 つまり、臨界期の意味さえも知らないということです。
 なぜ、臨界期が存在するのかというと(臨界期を人工的に変更させることも出来ることが最近証明されましたが)有限な成長エネルギーを有効利用するために 
 ベストなタイミングで環境に適応できるように機能調整しているからです。
 従って、確かに機能的な臨界期はありますが、知的なこと(いわゆる勉強)には無関係なのです。臨界期に関しては、普通に「自然で穏やかに楽しく生活していれば何も関係ないのです」
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●教えられても分からせることはできない
早期教育の場では「子どもには何でも教えられる」と言われている。実は、続きがあって「子どもには何でも教えられる、しかし分からせることができるとは言っていない」というのが全容です。
当たり前のことで、小学生にでも特殊相対性理論を教えることはできますが、分からせることはできないでしょう。また、分かったとしても、そのことがいい影響を与えるとは思えません。
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●1才の子が時計を読めたら天才と呼ばれるでしょう。しかしながら、その子が10才になったとき回りの子もみんな時計を読めるようになっています。
その時「僕は1才の時に時計が読めたんだぞ」と言って何になるのだろう。笑いものになるのが関の山でしょう。
 どうしてこんなにも明白なことが見えないのでしょう。速さにしてもそうです。「速いに越したことはない」と思っている人がいますが、本当に速さが必要な場面があるでしょうか。
入試でさえ90%以上が文章問題です。10%分を解くのにどんなに高速でも役に立たないでしょう。正確であれば5倍の時間がかかっても大差はありません。
●それなのに、今なお、計算で自信をもたせようとしている人(先生や保護者)がいるようですが上記の時計と同じで笑いものとなる自信をつけているようなものです。
不要で間違った自信は、最も貴重な時期でのすべきこと(考える力の養成)を見えなくしてしまいます。
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■早期教育に関して
「ミスエデュケーション(デイヴィッド・エルキンド著)/大日本図書」について

 筆者は児童心理学者・米マサチューセッツ州タフツ大学教授・全米幼児教育会会長です。彼の考えは「どんぐり倶楽部」の考えとよく似ています。
資料とともに抜粋を載せておきます。
「体験的学習というポイントを無視して子どもに何かを教え込もうとするのは誤った教育です。例えば、フラッシュカードは不要な冷たいコミュニケーションを強いることになるので、
将来の学習にとってなくてはならない愛着と信頼感を損なう結果となり、子どもにとっては百害あって一利なしと言わざるを得ません。
また、
象徴的・派生的学習の準備ができていない子どもに系統的教育(早期教育)を押しつけることの弊害は、すでに多くの証拠によって裏付けられています。
例えば、早期教育を受けた子どもと受けなかった子どもとを15才まで追跡調査した研究によると、受けた子どもの方が10代になってから非行に走る割合が明らかに高かったのです。
別の研究では早期教育を受けた子どもの方が小学校に上がってから、より攻撃的な態度を示すことが明らかになりました。
さらに、1800年代の初め、米マサチューセッツ州では2〜4才の子どものおよそ3割が学校に通って読み書きを習わせられていました。
また、同じ時代のイギリスでもロバート・オーエンが早期教育を推進しようとしました。ところが、結局どちらの試みも失敗に終わり幼児に読み書きを教えることはなくなったのです。」

 つまり、幼児期には情緒の安定が最優先であり、学習は体験的学習に限るということです。